従業員自らがキャリアビジョンを描く!企業に聞くキャリア支援の極意とは
東京都の設備工事業「株式会社セーフティ&ベル」社は、従業員の定着率向上などを目的に、2021年頃からキャリア支援をスタート。2024年度からはセルフ・キャリアドックも導入し、従業員一人ひとりに寄り添ったキャリア形成を目指しています。そんなセーフティ&ベル社の皆さまとキャリアコンサルタントの方(写真左から、人事部人事課専任課長 沼倉さん、キャリアコンサルタント 横山さん、宇佐見聡社長、コーポレート本部相談役 稲葉さん)に、中小企業におけるキャリア支援のポイントや、セルフ・キャリアドックとジョブ・カード導入後の従業員の変化についてお話を伺いました。
投稿日:2025年2月18日
目次
「暗い会社」が一転、従業員教育に目を向けたことで活気づいた
株式会社セーフティ&ベルの社長に宇佐見 聡氏が就任したのは2013年のこと。創業者である父の後を受け継ぎ、就任して以降、業績も従業員数も右肩上がりです。しかし、決して順風満帆ではなかったと言います。同社が抱えていた具体的な課題を、宇佐見社長とコーポレート本部相談役の稲葉さんから伺いました。
宇佐見社長
「当時は業務拡大に向けて従業員の採用を強化したい時期でした。しかし、当社の業務は専門のスキルや知識が必要なこともあり、思うような採用活動ができませんでした。未経験者も採用していましたが、当時はまだ教育システムが整っていなかったため、すぐに辞めてしまう人も多く、定着率は決して高くありませんでした」
コーポレート本部相談役 稲葉さん
「我々が感じていた課題は、大きく三つありました。未経験者への専門教育、対顧客とのコミュニケーションスキル、そして従業員間のコミュニケーションです。当社の主な業務は、集合住宅へのインターホンの施工です。未経験者は専門の技術や知識、さらに施工の際、個人のお宅にお邪魔する際の適切なマナーやコミュニケーションを身につける必要がありますが、そのための仕組みを会社として整えることが、なかなかできませんでした。そもそも従業員同士で助け合う余裕や、困ったときに相談できる仕組みもない状況です。従業員の定着率が低かったのは、そうした影響もあったと思います」
そこで宇佐見社長は、人事や教育制度を整えようとさまざまな取り組みを始めました。
独自の工夫で採用・人材育成面の課題を克服
まず行ったのが、未経験者を一から育てることを目的とした「弱電アカデミー」と呼ばれる教育設備の設置です。現場で実際に使用する機材を配備した研修環境施設で、従業員が自ら学べる環境が整っています。ここで必要な技術を身につけられるようになったことで、現場に余裕が生まれ、もうひとつの課題であった、対顧客とのコミュニケーションスキルの向上のための顧客への接客マナーについての指導時間を捻出することができました。
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現場の疑似環境を作り、未経験で入社した多くの施工社員が一人前の電気工事士として現場で工事ができるよう、作業の予習・復習に励んでいる。
宇佐見社長
「最後の課題だった従業員同士のコミュニケーションについては、“エニアグラム”という、統計学を用いた性格分析システムを導入したことで、改善が見られました。エニアグラムではテスト結果に基づいて各人が九つのタイプに分類されます。タイプごとの性格の特徴と、従業員それぞれのタイプ(例:『この人は最初にいろいろと調べてから行動するタイプ』『この人は不安が強いタイプ』)を相互に理解した結果、社内コミュニケーションの円滑化が見られました」
コーポレート本部相談役 稲葉さん
「『人の数だけ考え方がある』『大切にしたいことも人それぞれ違う』ということを、エニアグラムを通じて学べたことが、各人のコミュニケーションスキルの向上につながったと思います。このことは、お客さまとのコミュニケーションにも生かされました」
そして、宇佐見社長が人材育成プランを次の段階に進めるための一手として導入したのが、セルフ・キャリアドックでした。
セルフ・キャリアドックの導入を決めた理由
最初にセルフ・キャリアドックの導入を提案したのは、同社の人材育成支援に長年関わっているキャリアコンサルタントの横山さんでした。
キャリアコンサルタント 横山さん
「セルフ・キャリアドックの導入は、タイミングが重要です。セーフティ&ベル社では、エニアグラムの活用などにより、従業員同士の関係性が良好になってきており、セルフ・キャリアドックを十分に活用できる土壌がすでに整っていました。セルフ・キャリアドックによって従業員の皆さんがご自身の価値に気付き、働きがいを見いだすことが、会社にとっての良い影響にもなると想定できたため、私から導入を提案しました」
宇佐見社長
「会社の人材育成プランが、従業員各人のやりがいを醸成する段階にきたことは、私も気付いていました。一人ひとりがやりがいを見いだせるような取り組みが何かないかと考えていたところ、横山さんから渡りに船のご提案をいただきました」
宇佐見社長は横山さんからの提案をすぐに快諾。2024年度からの導入が決定しました。
セルフ・キャリアドックとは、各企業の人材育成ビジョンや方針に基づき、キャリアコンサルティングと多様なキャリア研修などを組み合わせて、従業員の主体的なキャリア形成を促進・支援する総合的な取り組み、また、そのための企業内の「仕組み」のことです。
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従業員にとってはキャリア形成支援で働きがいを見いだし、モチベーションを高められるというメリットが、一方で企業には従業員一人ひとりのパフォーマンス向上によって組織が活性化し、生産性が高まるというメリットがあります。このように従業員と企業、双方の課題解決が期待できるのが、セルフ・キャリアドックの特徴です。
厚生労働省が推進するキャリア形成・リスキリング推進事業では、企業・団体向けにセルフ・キャリアドックの導入支援を無料で行っています。詳しくは各都道府県のキャリア形成・リスキリング支援センターにお問い合わせください。
▼セルフ・キャリアドックの一環として「ジョブ・カード」を作成
セーフティ&ベル社では、セルフ・キャリアドッグに「ジョブ・カード」を活用しています。ジョブ・カードを作成することで、従業員はこれまでの自分の仕事を一貫して振り返ることができます。
人事部人事課専任課長 沼倉さん
「当社のセルフ・キャリアドックは、①キャリアガイダンス、②ジョブ・カードを使った自己の振り返り、③価値観の確認、④目標設定、⑤発表会という5回のセッションで構成されています。ジョブ・カードを活用することで、自分の強み・弱みや実務上で得た職業能力を「見える化」でき、自分の特徴を客観視できるため、これまでの経験を踏まえた今後のキャリアプランを描きやすく、助かっています」
「信頼関係の構築と若手の躍進」セルフ・キャリアドックの成果
セルフ・キャリアドックの導入後、社内の雰囲気はさらに良い方向へと変化したそうです。
若い従業員の活躍機会が増えた
キャリアコンサルタント 横山さん
「セルフ・キャリアドックを受講した従業員を起点に、一人、二人、三人と信頼関係が構築されていきました。真に信頼が醸成されると、皆さんが積極的に意見交換を行うようになり、組織全体の活性化が促進されました。この現象は、私の予測を超えた素晴らしい副次的効果であると考えています」
宇佐見社長
「特に若い従業員が積極的に意見を述べ、活躍をしてくれるようになったおかげで、社内が活気づきました。従業員の活気は意欲につながります。その結果、必然的に会社の業績も上がっていきました」
中間管理職の理解が重要なカギに
若い従業員が活躍できた背景には、社長が掲げたキャリア支援の考え方を、社の中間層にあたる従業員がしっかり理解できていたことが大きかったといいます。
宇佐見社長
「キャリア支援の重要性を中間層の管理職が認識し、サポートしてくれた影響は大きかったです。セルフ・キャリアドック導入前にエニアグラムを導入した際、従業員からは『それに意味があるのか』『キャリア支援よりも仕事の習得を優先してほしい』といった意見が多くありました。この経験を踏まえ、セルフ・キャリアドックの導入時にはまず中間管理職に理解を求め、協力を得ることに重点を置きました。これが現在の成果につながっていると考えています」
人材育成についての表彰にもつながった
セーフティ&ベル社の取り組みは客観的にも評価され、2024年11月には厚生労働省が主催するグッドキャリア企業アワード2024において、イノベーション賞を受賞しました。
コーポレート本部相談役 稲葉さん
「賞をいただけるのは、大変ありがたく励みになります。2022年には、『建設業の新しい働き方モデルを推進した』として、中小企業技能人材育成大賞の奨励賞も受賞しました。そのことがセルフ・キャリアドックを導入し、キャリア支援を進めるきっかけとなり、今回の受賞にもつながったと思います」
キャリア支援の取り組みを全社へ
そんな同社のキャリア支援について、今後の目標を伺いました。
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宇佐見社長
「当社におけるセルフ・キャリアドックの取り組みは始まったばかりです。初年度である2024年度には10名が実施しました。今後は、私や経営陣を含む全従業員がセルフ・キャリアドックを受けることを目標としています。まずはキャリア支援の取り組みを全社に広め、継続的な支援につなげることを考えています」
コーポレート本部相談役 稲葉さん
「さらにその輪を、社外にも広げていきたいです。今後は当社の取り組みについて、外部に向けた発信を積極的に行い、魅力ある会社づくりの輪を広げていけたらと思っています」
キャリア支援の取り組み=転職への呼び水ではない
これから従業員へのキャリア支援を考えている企業の方々に向けたメッセージも伺いました。
宇佐見社長
「企業が従業員にキャリア支援を行うと、『従業員の転職につながってしまうのではないか』という懸念の声を頻繁に耳にします。私自身も、以前はそのように考えていました。しかし、従業員のキャリア形成を経営陣が積極的に支援し、相互に信頼関係を築くことができれば、必ずしも従業員が転職を選択するとは限らないことを実感しました。
さらに、キャリア支援による従業員の意欲の向上は、企業に対してプラスの影響を与え、魅力を向上させる力となります。これは、採用活動においても好材料となり得ます。我々のような中小企業は、特に新卒採用において大企業と競争するのが難しい状況にあります。しかし、新卒採用が困難であっても、独自の魅力をアピールすることで、中途採用において優秀な人材を確保することは十分に可能です」
キャリアコンサルタント 横山さん
「セーフティ&ベル社では中途採用で入社される方が多いです。多様な背景を持つ方にとって、ジョブ・カードを活用したセルフ・キャリアドックを通じて、他社の経験も含めた経歴の振り返りを一貫してできることは、従業員の皆さんの自信の創出とモチベーションづくりに役立っています。導入の準備やタイミングの調整などは大変ですが、企業として取り組む価値のあるものだと思います」
まとめ
セーフティ&ベル社では、丁寧に準備を整えたうえでセルフ・キャリアドック等を導入した結果、従業員と会社、相互にプラスの効果を得ることができました。
従業員のキャリア形成だけでなく、組織そのものの成長も期待できる支援として、セルフ・キャリアドックの導入とジョブ・カードの活用を、ぜひ検討してみてはいかがでしょう。
【出演いただいた企業のプロフィール】
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株式会社 セーフティ&ベル 様
東京都の設備工事業。1969年創業。マンションやビルのインターホンなどのセキュリティ機器の設置やメンテナンス、リニューアル工事などを手掛ける。なかでも既存マンションにおけるインターホンを中心としたセキュリティ機器のリニューアル工事に高い技術力を持ち、業績は業界トップクラス。高い顧客満足度と従業員一人ひとりのキャリアを長期的に支援する取り組みにより10年で従業員数を5倍に。令和4年度「東京都中小企業技能人材育成大賞知事賞」で奨励賞、グッドキャリア企業アワード2024でイノベーション賞を受賞。
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ジョブ・カードを作成しよう!
ジョブ・カードを作成することで、自分の強み・弱みや能力に気付くことができ、これまでの経験を踏まえた将来のキャリア・プランとそれに向かってやるべきことが描けるようになります。また、作成したジョブ・カードは就職活動や転職活動でも活用することができるようになります。
マイジョブ・カードのアカウント登録をすると、作成したジョブ・カードを保存し、いつでも修正することができます。
アカウント登録をして定期的にジョブ・カードの見直しや確認を行いましょう。
※アカウント登録後・ログインせずにジョブ・カードを作成した場合、保存するにはダウンロードしたうえ、アカウント登録・ログインしてアップロードする必要があります。
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